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> ニュース一覧 > 「43歳から始める女一人、アメリカ留学」No.60・・・点数化できない英語力 その5「”一人舞台”に耐える」(ライクス)- 2018.02.13(火) 10:00

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「43歳から始める女一人、アメリカ留学」No.60・・・点数化できない英語力 その5「”一人舞台”に耐える」

ライクス

2018.02.13(火) 10:00

 「あなた、何をしている人なの?」
 「どうしてアメリカに来たの?」
 
 この2つが、留学1年余りの間、もっともよく聞かれたことだった。日本のアメリカ大使館でのビザ面接に始まって、空港の入国審査でも、パーティーでも大学でも、会うたびに聞かれる。

 「フリージャーナリストです。日本の雑誌や新聞に記事を書いたり、本を書いたりしています」
 が1つめの私の答え。これは話が簡単でいい。けれども2つめは、やや、ややこしい。

 「2006年に『問題少女』という、自殺してしまった少女についてのルポを出版した後、若い女性の読者から、たくさん、手紙やメールをもらったんです。その中に、性虐待を受けたと私に告白してくれた人が何人もいたので、衝撃を受けました。そして−−」

 アメリカ行きの奨学金をいただいたテーマとの出会いから説き起こして話さないことには、なんで学生でもなく、大学教授でもない人が大学に来ているのかなんて理解してもらえないだろうと思い、いつも長々と語っていた。(さすがに入管では「アメリカの社会問題を日本に向けてレポートするためです」と短く答えているが)

 下手な英語で、話が長くなると−−。1対1なら、ウンウンと相手も聞いてくれる。けれども複数のアメリカ人に囲まれていれば、それまではとてつもないスピードで、びゅんびゅん会話が流れていたのだから、あまりにとろくて長い話はバツのわるい空気が漂う。

 それでも何度も、何度も、聞かれるうちに、さすがに上記2つの「身の上質問」は、いつのまにやら、すらすら答えられるようになっていた。いつも同じ単語、フレーズを使いながら話しているのだから「すらすら」は当たり前だが、気がつけば、さながら弁論大会の論者のように話している自分がいた。明るい内容の部分では上を向いて、深刻な部分では沈んだ表情で、身ぶり手ぶりをまじえて。同じストーリーで、いくつか表現を変えたバージョンも誕生した。その場に応じてそれらを編集しながら、身の上ストーリーだけは上手に話せるようになっていた。

 アメリカ人には、スピーチのうまい人が多い。舞台に立つと、大女優の一人芝居のように、両手を広げたり、くるりと舞台に背を向けたり、神妙な顔をしたりと全身を使って観衆にアピールする。大学の授業でのプレゼンテーションにだって、教授を食ってしまうほどのおそるべき役者ぶりを発揮する学生が、多々いる。

 「ほら、考えてみて下さい。あなたが子どもだったころのことを−−」
 (しばし沈黙。突如、がらりと表情を変えて)
 「そして今、あなたはここで私の話を聞いている。そのことに、意味があるのです」

 たとえば、だけれどこんな感じ。内容はともかく、どれだけ表情豊かに言いたいことを訴えるかが、聴衆によるスピーチ評価のかなりの部分を占めているのは、おそらく間違いない。

 もちろん、話の内容がなければ、会場を去る人に「なんか、イマイチだったねー」なんて言われるのがオチなのだが、とはいえ全く抑揚のない話し方をする人は、「なんだかモノクロームだったね」と評価を下げるのも事実。

 余談だが、感心するのは、中国人には妙に、役者ぶりを発揮するのが得意な人が多いこと。どの音にも、四つの声調があって、言葉そのものが抑揚のある言語であるせいもあろう。けれどもそれよりも、性格的に、「一人舞台」が好きな人が多いのではないかと、密かに思う。少なくともパーティーでは、中国人女性に、私はやられっぱなしだ。

 結局、初心者が抑揚たっぷりに話すには、用意したテーマで挑むしかない。私はこう結論づけた。

 となると、用意するテーマの数は、多ければ多いほどいい。渡米前にちらっと読んだ、グーグルの日本人副社長が31歳から始めた英語学習法を明かした本には、「自分に関する話題を100、英語で準備しておく」と書いてあった。100かあ。そういえば、私はこちらへ来てから、ノートに100を目指してネタをいくつか書いていたっけな。思い出して、そのノートを広げてみると、ネタは21で終わっており、実際に英文にしたのは5つだけ。あとはなんと、日本語のメモだった。

 100はもう、私にはムリ。でも10くらいは、これからでも作ってみようかしら。次のパーティーで「ミホ、ちょっと変わったね」と、誰かに言われてみたいものである。




フリーライター
長田美穂さん(ながた みほ、1967年 - 2015年10月19日 )
1967年奈良県生まれ。東京外国語大学中国語学科を卒業後、新聞記者を経て99年よりフリーに。
『ヒット力』(日経BP社、2002年)のちに文庫 『売れる理由』(小学館文庫、2004年)
『問題少女』(PHP研究所、2006年)
『ガサコ伝説 ――「百恵の時代」の仕掛人』(新潮社、2010年)共著[編集]
『アグネス・ラムのいた時代』(長友健二との共著、中央公論新社、2007年)翻訳[編集]
ケリー・ターナー『がんが自然に治る生き方』(プレジデント社、2014年)脚注[編集]

[電子書籍]
43歳から始める女一人、アメリカ留学 上巻
上巻
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下巻
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問題少女 第1巻〜最終巻
http://www.dlmarket.jp/product_info.php/products_id/215228


株式会社ライクスより
末期ガンと聞いていましたが、2015年10月19日に亡くなられたことを知りました。
知人の紹介で福島市内で会ったのが出会いでした。とても素直な感じの素敵な女性だったと記憶しています。アメリカに勉強しにいくと聞いでアメリカ通信を書いてというのが「43歳から始める女一人、アメリカ留学」の始まりでした。電子出版を出したいという長田さんの思いは、今の世に少しでも痕跡を残したいとの思いだったのかもしれません。
売り上げは、全て長田さんの仏花とさせていただきます。
ありがとうございました。

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